File_03 — 地下施設

yoshida_investigation / author: yoshida_ichiro / classification: unrestricted

1993年の夏、深夜にスタジオで作業していた時、地下から物音がした。

機械室だと聞いていたが、あの音は機械の音じゃなかった。子どもの泣き声のような…いや、泣き声を機械で再生したような、不自然な音だった。

翌朝、何気なく地下への階段を見に行った。鍵がかかっていた。でもその日、たまたま清掃業者が出入りしていて、扉が開いていた。

地下には3つの部屋があった。

「検査室A」 — 小さな椅子と、頭にかぶせるヘルメットのような装置。壁には脳波のグラフがモニターに映っていた。子どもの脳波だと思う。サイズ的に。

「検査室B」 — 大型のサーバーラックと、中央に金属製の台。台の上にケーブルが何十本も伸びていて、壁のコネクタに繋がっていた。台の表面には革製のベルトが付いていた。固定用の。

「保管室」 — 常時冷房が効いていた。サーバーが並んでいて、緑色のランプが点滅していた。サーバーにはラベルが貼ってあった。「G-0」「G-1」「G-2」…番号が6まであった。

俺はそこに5分もいなかった。怖くなって逃げた。翌日から地下への扉には新しい鍵が付けられて、二度と開かなかった。

あの保管室のサーバーが何を保管していたのか、俺が理解したのはもっとずっと後のことだ。

…ひとつ、言っておかなきゃいけないことがある。

1996年の技術改修の時、俺はこの地下設備の配線作業を手伝わされた。「美術担当なのになぜ」と思ったが、人手が足りないと言われた。サーバーの接続、ケーブルの敷設、端末の設置。2週間かかった。

その作業のために、システムの管理者アカウントを渡された。作業が終わったら削除するはずだったが…されなかった。多分、忘れられたんだと思う。あるいは、俺のような末端の人間のアカウントなど気にも留めなかったのか。

このアカウントが、30年後の今、システムを壊すための唯一の鍵になるとは。皮肉な話だ。

※ スタジオ跡地は1998年にマンションに建て替えられた。地下施設は解体されたとされるが、近隣住民の証言では「解体時に通常の建物にはない深さの基礎が出てきた」とのこと。