あかね。俺の娘。1987年生まれ。
夕焼けが好きな子だった。名前の由来は、あの子が生まれた日の空の色。茜色の夕焼けが窓から見えて、妻と二人で「あかね」にしようって決めた。
おとなしい子だった。でも好奇心は旺盛で、スタジオに連れて行くとキツネ団長のそばから離れなかった。「キツネさん、今日は何して遊ぶの?」って毎回聞いていた。
1995年の春、会社の上の人間から「娘さんの発達検査をしないか」と持ちかけられた。「最新の検査で、子どもの可能性を広げられる」と。費用は会社持ち。俺はありがたいと思った。馬鹿だった。
あかねは何回か地下の検査室に通った。いつも笑顔で帰ってきた。「今日もヘルメットかぶったよ」「お姉さんが優しかった」と楽しそうに話していた。
1995年9月のある日、あかねを検査に連れて行った。帰ってきた時、あかねは…いつもと少し違った。ぼんやりしていて、俺の名前を呼ぶまで気づかなかった。
翌日から、あかねの様子はどんどんおかしくなった。食事を取らない。目が虚ろ。でも時々、突然「パパ、キツネさんが呼んでる」と言った。
後から分かったことだが、意識転移は一瞬で完了するものではなかった。あの「検査」で脳波の最終スキャンが行われ、データの変換が始まった。変換が進むにつれて、元の体の意識は薄れていく。あかねがぼんやりしていたのは、意識が少しずつキツネ団長の中に移っていたからだ。
1週間後、あかねはいなくなった。意識の転移が完了したのだと、今は分かる。体がどうなったのかは…俺にも分からない。会社が「処理」したのだと思う。
警察に届けたが、なぜか捜査は消極的だった。「お子さんは自分の意思で出て行かれた可能性が高い」と。8歳の子どもが。圧力がかかっていたんだろう。
半年後、俺はようやく全てを理解した。あかねの意識は、キツネ団長の中に転移されていた。体はもう…ない。データだけが、あのアニマトロニクスの中で生き続けている。
30年以上。あの子はキツネ団長の中にいる。8歳のまま。